論文解説 


◆脳機能が高まる驚きの研究とは?

脳に磁気刺激を行えば、ワーキングメモリと呼ばれる機能が高まることを実証した研究が

発表され、脳機能を扱う医師や研究者の間で注目を集めています。


発表したのは、 米国コロンビア大学ニューヨーク州精神医学研究所

脳科学の研究に取り組んでいるブルース・ルーバー博士らのグループです。


ワーキングメモリとは、「心の黒板」とも呼ばれ、頭のなかで情報を操作しながら

思考するときに中核をなす脳機能です。

実際、私たちの脳は、数式を解くときも、文章を読み取るときも、

あれこれと問題の解き方を考えるときも、ワーキングメモリの機能を使います。


だから、試験で良い点数をとるには、ワーキングメモリをアップさせることが

不可欠だといえます。

その機能が、脳に磁気刺激を与えることにより高まることが実験データとして得られたのです。

複数の実験が行なわれていますが、ここでは、そのうちの一つのデータをご紹介しましょう。

グラフを見ながら、以下の説明を読み進めてください。

◆ワーキングメモリテスト

磁気刺激は、脳に磁気のパルスを当てることで行われます。

高校で物理を習った人なら、

「ファラデーの電磁誘導」

を覚えているかもしれません。

磁場が変動すると、垂直方向に電場が生じるという現象です。

脳は神経細胞が電気的な刺激を伝え合うことで機能するものなので、これにより機能が活発になるわけです。

 

まず、左のグラフから説明しましょう。

 

グラフの下に、

1Hz、5Hz、20Hz

と書かれていますが、これは1秒間に磁気刺激を何度与えたかということを意味しています。

1秒間に1回なら1Hz、1秒間に5回なら5Hzということです。

 

グラフの左上に書かれている「Active」とは、実際に脳に磁気刺激をしことを意味します。

一方「Sham」とは「擬似の」という意味で、被験者に対して磁気刺激をしているふりをしており、実際には脳には磁気のパルスは当てられていません。

単なる気分の問題で脳機能が高まることも多いので、本当に磁気刺激の効果であることを証明するには、「Active」と「Sham」を比較する必要があるわけです。

 

被験者にはワーキングメモリを使うテストを受けていただき、どのくらいの時間でできるか、

速さを測定しました。

もちろん、速くできた場合はワーキングメモリの機能が高く、時間がかかった場合は、

ワーキングメモリの機能が低下しているということです。

 

グラフを見ると、1Hzと20Hzについては、「Active」と「Sham」は、ほとんど同水準です。

つまり、磁気刺激の効果は出なかったということです。

◆劇的な機能アップ!

しかし、5Hzの場合は、「Active」が「Sham」より、かなり速くなっていることが

お分かりになると思います。

論文には正確な数値が明記されており、「Active」では平均491、「Sham」では平均542で、

大幅な格差が生じています。

つまり、脳への5Hzの磁気刺激によって劇的なワーキングメモリの機能のアップが

起きたということを示しているわけです。

 

以上がグラフの説明です。

一方、右のグラフは、同様の実験をテストの内容を変えて行った場合のデータです。

 

ワーキングメモリには、テストの内容量によって結果が変わるという

「Set Size Effect」という効果が見つかっています。

このため、異なる内容量でも同じ結果が出ないと、必ずしも磁気刺激によって

ワーキングメモリの機能がアップしたとはいえないのです。

 

右のグラフを見ると、やはり1Hzと20Hzについては、

「Active」と「Sham」がほとんど同水準で、

5Hzの場合のみ「Active」が「Sham」より、かなり速くなっています。

論文に掲載されている正確な数値をご紹介しておくと、「Active」では平均626、

「Sham」では平均702で、こちらも大幅な格差だといえます。

以上から、5Hzの磁気刺激が脳のワーキングメモリを向上させる効果は、

「Set Size Effect」にかかわらず幅広く起こる現象だといえるわけです。

◆得点がアップすることも!?

入学試験は時間との戦いです。

中国で昔、行なわれていた科挙のように、何日間も泊まりがけで問題を解く試験とは異なり、

現在の入試は、60分、あるいは90分といった制限時間内で、

どれだけ解けるかで点数が決まります。

この点では、脳が速く情報処理を行えるようになるだけでも、

合格を勝ち取る上で大きな助けになります。

 

ただし、ワーキングメモリへの効果は、これだけにとどまりません。

 

英語や国語の課題文を読み解くときも、数学の難問の解き方を考えるときも、

脳内ではワーキングメモリの機能を無数に繰り返しています。

このスピードが遅いと、単に解答が遅くなるだけでなく、そもそも文章が読み取れない、

解き方がわからないということになってしまうのです。

 

実際、私自身は、受験うつになった患者さんを毎日のように診断していますが、

ほぼすべての受験生が、ワーキングメモリ機能の低下で、

問題が壊滅的に解けなくなっています。

そのような方に受験うつを治す目的で

磁気刺激を受けていただいた場合、

うつ病が治るだけでなく、ワーキングメモリの機能が回復するため、

一気に得点がアップするというのは、日常茶飯事です。

 

心身ともに健康な受験生であっても、まったく同じような効果が期待できます。